其年はコレラが流行って、何処に行ってもその噂ばかり、避病院に送られる吊台があとからあとへと来るような光景で、魚類などは一切食うことが出来なかった。黄い紙、立番の巡査、そういうものは到る処で見られた。
田山花袋『東京の三十年』
これは、忘れられたパンデミックと言うべきです。
厚生労働省が作成した明治期の日本国内におけるコレラのパンデミックを表したグラフです。二つ目のピークは明治19年になります。バルトン先生は、こういう地獄のような状況下の明治20年、実務に詳しい衛生工学の専門家として招聘されたわけです。
明治のウーバーイーツ。ほかほかご飯のお弁当を配達するニーズがあったようですが、ちくま学芸文庫の『弁当の誕生』を買おうかどうしようか、迷い中なり。目次を見る限り、明治時代のことはあまり書いてなさそうです。
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築地の外国人居留地です。バルトン先生は帝大構内に住んでいましたが、小川一真たちと乾板国産化事業の拠点があったので、よく通っていました。煙突はなんでこの色なんでしょうね? 屋根から角が生えてるみたいですw
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