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【宣伝戦】弊サークル「火砲本編纂委員会」のC107お品書きです。今回は既刊のみです。また卓スペースの都合で視察装置模型展示も今回はありません。まったりやっていくので適当に遊びにきてくださいまし
◎貴方のサークル「火砲本編纂委員会」は、木曜日 東地区 東3ホール ヤ29abに配置されました。
C109当選しました。新刊は『基礎から始める要塞のおはなし 準備号』になります(完全版は無理だったよ……)。今回は第一次世界大戦的な要塞が出来るまで、くらいのおはなしになりそうです
滑腔砲とライフル砲の狭間の19世紀半ば頃に「偏心榴弾」なんてものが試されたことがあるとな。装填時の向きによって弾の回転方向を制御できるので、ランダムに回る通常の球形弾より精度が良くなるのと、エアガンの「ホップ」めいて射程を伸ばしたり、逆に落角を増したりもできると期待されたと
仮にカイジュウみたいなものが実際現れたとして、人類が使える核兵器以外の対抗手段って何が考えられるのかしらね。広範な破壊よりも貫通力が求められそうだとして、地中貫通爆弾、巨大成形炸薬、あるいは運動エネルギー爆撃……
当アカウントの方向性的には「超巨大APFSDS!!」とか言いたくなるところですが、でも大砲は規模を大きくするのがやたらに大変なので、デカい仕事をさせるにはひどく効率が悪いです。一回きりの大仕事をさせるなら猶更。自分で飛ぶデカい弾を作るほうがずっといい
ゴジラを観てきた(ネタバレはありません)
おお、やはりカイジュウだ。カイジュウ映画を観るといつも思うんですが、人類が扱える火力というもののなんとちっぽけなことか! あんなものの前では、我々が普段眺めている大砲なんざただの礫です。でもそれでいいんです。カイジュウとはそういうもんです
滑腔砲時代の大砲では地面での跳弾を利用した跳飛弾道射撃が重要でしたが、この射法って意外にも散弾でも機能するんですね。小さな散弾でも地面が硬ければ跳ねて、まだ危険な速度を残している。多数の子弾が折り重なるように何度も跳ねるので、単純な弾子数以上に有効弾の密度が高くなるわけだ
20世紀の大砲の散弾は10g少々の小さな弾子を数百発とか入れるのが普通だったけど、それ以前の大砲の散弾は数十~数百gの弾子を数十個みたいに大きくて少なかった。大きい散弾って対人には威力過剰で無駄じゃない?と思ってたんですが、跳飛弾道を考えると、ある程度大きいことにも利益があるんですね
滑腔砲と施条砲の狭間の時代では、口径の呼び方が面白い事になる場合がありました。例えばプロイセンのC/61野砲は9.15cm口径で弾量13.75ポンドでしたが、口径を鉄球重量に換算する慣例に則って「6ポンド砲」と命名されました。「何も6ポンドではない6ポンド砲」という変な名前になってた訳です
似たような例は他国でも見られました。例えばロシア帝国の1866年式ライフル野砲の砲弾重量は16ポンドでしたが、旧来の鉄球重量ベースの呼び方にあわせて「4ポンド野砲」と呼ばれちゃった。プロイセンのそれと全く同じ状況ですね。これも後に3.4インチや87mmという口径呼びに改められましたが
大砲の砲耳は砲身軸より少し低くする例が多い。揃えた方が仰俯機構に反動の負担を掛けなくて良さそうなのに何故? と前々から疑問に思ってたんですが、これ「砲耳蓋板(Trunnion cap)」の都合なんですね。高さを変えて反動を少し下向きずらすことで、この部品に反動を直接かけずに済むわけだ
いっぽう戦車砲みたいにもともと揺架を前から差し込むような構造なら、砲耳蓋板に反動がかかる状況は生じない筈なので、砲耳と砲身軸の高さを一致させても何の問題もありません。むしろ仰俯機構への負担が小さくなるメリットだけがある。だから戦車砲と野砲では砲耳の置き方が違うんだなあ
















