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宗教と心の自由について。 天理教です。

Joined July 2014
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神の存在証明のような論証って「宗教は馬鹿のやること」的な批判に対する「これだけの知的検討の歴史がある」というお守りとしては機能しても、外部に対して証明書みたいに扱える類のものではなく、実際の信仰生活や布教に寄与するところはそんな多くはないよな。
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神の存在証明の議論は、結果的に証明はできてなくとも、不可知という砦を支えるインフラとして機能している気がする。 ただ、信仰の合理的な根拠として布教に持ち出すとなると、かなり厳しいのは事実。 神の存在を合理的に擁護できる事と、その神を信じるべき理由があるかは、まったく別の話だから。
キリスト系の神学って「唯一神は本当にいるのか」という問いに絶望的に弱いのよ 2000年の歴史の積重ねがあるとか言う人も居るけど、神学って「神様がいることを大前提とした解釈学」でしかないから、探求者達も「神はいる」という前提で物事を考えていて、そもそもの「神」について疑問を持たないワケ
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天理教再生の道は、 「陽気ぐらしの天理教」と「たすけ一条の天理教」の役割を明確に区別することだと思ってる。
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イエスは旧約の律法や伝統を人間のために読み直したと思うけど、後世の神学は旧約との整合性を保とうとしているように感じる。 旧約の成就とは、あらゆる記述の正当化ではなく、神の意志の実現ではないのか。 神学が精緻な哲学体系になるほど、かえってイエスから遠ざかるようでモヤモヤする。
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私は食い意地が張って、物惜しみが強いので、お菓子を半分個にした時に、大きい方を相手にあげるという宗教的実践を行っております笑
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何回も言うけど、 お供えを「日々生かされていることへの感謝」って言う人いるけど全く納得できん。 神が「人間が互いに助け合って陽気に暮らすのを見たくて」身体を貸しているのであれば、その感謝は、教会にお金を納めることではなく、助け合って陽気に暮らすことでしか返せないはずなんだよ。
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教会が「子どもを助けたい一条」の神の思いを現し、たすけ一条に歩む場として機能しているのであれば、教会へのお供えはその神の思いへの協賛になる。 つまり大切なのは、「お供えがその先で誰のために、どう生かされるか」であって、教会へのお供えが無条件に意味を持つと思ったら大間違いです。
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お供えする価値のある教会は見極めるべきだし、無理にお供えするくらいなら、募金したり家族や周りの人を喜ばすことに金を使ったほうが、よほど神の心に沿ってるし、お金という物の価値を活かしていることになると思うんだよな。
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一神教は何かと批判されるけど、うちの神は、 ・「神はあると言えばある、ないと言えばない」と自分で言っちゃう ・他の神仏の前でも手を合わせるように言う ・反対する者も可愛い我が子 ・心だけは人間の自由に任せちゃったので、最終的に困ったら脅してくる という、なかなか推せる神です笑
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仮説だけど、親神天理王命の「親心」は月日といざなみの二つ一つではないか。 月日には、魂は生き通しという長い時間軸から陽気ぐらしを願う「意志としての親心」がある。 一方、いざなみには、身体を持つ母として子を産み育て、幾度もの出直しを見届けた「共感としての親心」がある。
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魂は生き通しという月日の視点は、一人ひとりの今生の苦しみや別れに対して、時に冷酷にさえ見える。 だからこそ、身体を持ついざなみの「共感としての親心」が重要なのではないか。 月日といざなみが教祖において合一し、今も子供可愛い故に存命で働く「をや」となったのではないか。
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神の全知全能に整合性を持たせようとするほど、かえって神の善性が損なわれていくように思える。 そもそも、なぜそこまで全知全能にこだわるんだろう。
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神学や宗教哲学は、一つには教義と現実との間にある齟齬や矛盾との格闘の歴史と言える。 証明であれ否定であれ、神に関する論証は何らかの前提に立つ。矛盾なく説明できることと、その前提を受け入れる十分な根拠があることは別の問題だ。
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そもそも、神の存在について何を十分な根拠とするか自体が難しい。 理不尽な死や災害を前に神の存在を疑うのは当然だし、否定の論証に誤りがあったとしても、それが神の存在の証明になるわけではない。 まして、実際にその神を信頼できるかは、また別の問題だ。
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アブラハム系宗教の神を想定した批判だと思うけど、天理教にこそ刺さる気がする。 教理的な説明はあるかもしれんけど、実際にそうした苦痛を目の当たりにした時、天理教の方々がこの問いにどのような答えを持っているのか、純粋に気になる。
唯一の生命維持の方法が「他の命を殺して食う」な時点で、この世のシステムの根幹がとんでもない悪意で設計されているのは明らかなのに、 「神はいかほどの愛で世界を作ったか」などと大真面目に1000年以上も議論されているの、笑えないギャグ
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最近、Thundercatの『Distracted』ばっかり聴いてる。ハズレ曲がなさすぎる。良すぎ。 music.apple.com/jp/album/dis…
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宗教的な真理が客観的に存在しても、直接観測はできない。祈りや瞑想、苦悩、対話、日々の選択という主観的な営みから、輪郭を探ることはできる。 だが、輪郭の一部をなぞって真理を掴んだ気になり、人に振りかざすべきではない。 たとえ真理が書かれていても、それを現実に生かすのは人の心だ。
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宗教組織にありがちな悪手 ・皆同じ格好で同じ事する ・身内でしか通じない言葉 ・すぐ歌やスローガン作る ・やたらと役職が多い ・良かれと思って金品や労力を求める ・良かれと思って若者の進路に口出す ・若者を求めるわりに若者に任せない これ全部逆張りすれば、勝てるのになんでやらないんだ?
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伝統って、いちいち初期設定から考えなくて済むという意味では合理的なんよね。 でも、神がいる前提の天理教が、歴史の長さを正しさの根拠にしていいのか。 むしろ自分たちが積み上げた伝統を、教えに照らして問い直す。そういうカウンターであるべきなんじゃないかね。
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