もう岸和田市でF1やればいいじゃん。
それか今すぐだんじりをシンガポールに持ってけ。
モータースポーツは「危険を承知で命を懸ける文化」だから存続しているわけではありません。むしろ、その危険を科学的に分析し、工学的にリスクを低減し続けてきた歴史があります。
安全工学の基本は、危険を個人の覚悟や技量で受け止めることではなく、そもそも事故が起きにくく、起きても致命的な結果になりにくいシステムを設計することです。
その象徴が、2020年F1バーレーンGPでのロマン・グロージャンの事故です。
マシンは時速192kmでガードレールを突き破り、最大67Gの衝撃で大破、グロージャンは約1000℃の炎に包まれました。
しかし彼は27秒後、自力で脱出し、生還しました。
彼の生還を可能にしたのは勇気だけではありません。Halo、サバイバルセル、HANS、耐火装備、迅速な救助体制など、長年にわたって積み重ねられてきた安全技術が、致命的な衝撃と炎から彼を守り、脱出する時間と可能性を与えたのです。
そして重要なのは、モータースポーツがこの事故を「奇跡の生還」で終わらせなかったことです。事故を詳細に調査し、防護柵や燃料系統、耐火装備などの問題点を洗い出し、さらなる安全対策につなげました。
これこそがモータースポーツにおける安全工学の考え方です。
だんじりにおいては、重心の高い巨大構造物を人力で高速旋回させる以上、転倒や衝突のリスクが構造的に存在します。問われるべきは、その危険をどこまで工学的に制御し、許容可能な水準まで低減できているかでしょう。
参加者たちが危険を承知していることは、観客や市民を危険にさらしてよい理由にはなりません。
「伝統だから」「人生を懸けているから」という精神論は、リスクアセスメントの代わりにはなりません。
モータースポーツが教えてくれるのは、危険を美化することではなく、伝統や競技の魅力を守るためにこそ、安全性を徹底的に追求する必要があるということです。
文化への敬意と、安全性への批判は両立します。
命を懸けるほど大切な文化なら、なおさら命を失わずに続けられる仕組みを作るべきでありましょう。
Zedd の Stay the night
これ聴くために一時帰国したまである。
本当良かった
#UltraJapan
#zedd


















