Pinned Tweet
『負けて永遠になった君へ』
ミュージカル「新テニスの王子様」
The Fifth Stage 大千穐楽
ページから浮き上がって目の前に現れたフリオ・ロマンの40回目の最後の試合。
縋り付いた最後の一球と、対戦相手の行末を見届けた時、彼は蹲り地面に額を擦りつけた。
描かれていないページの隙間で、フリオ・ロマンは確かに泣いていた。
あなたの王子様は試合に勝ったか、負けたか。
誰が王子様の感情を解り、誰が代わりに泣いてくれたか。
2025年11月16日。
初日から毎日接戦を繰り広げてくれたことにより、性懲りもなく「今日こそは勝てるかもしれない」とスペインダブルス1の勝利を願って通う日々も終わりを迎えた。
憧れのテニスの王子様は今日も負けてしまう。
私はテニスの王子様は全員が主役だと思っている。ベンチで、コートで、役者がどれだけキャラの人生を語れるか、それもテニミュの一つの醍醐味であると感じる。
原作のページとページの間を埋めるように板の上に乗せられた生き様。
ページの隙間で喜んだり悔しがったり笑ったり泣いたりしているのを、役者を介して見つけ出すことができる。
フリオ・ロマンが見せなかった感情は、役者古谷大和を通して発露された。
ダブルス1の試合、マッハを返せた時にフリオは歓喜の雄叫びをあげる。
原作では越知側のシーンとして描かれていたのでフリオ側の感情は見えなかったが、板の上では喜びを露わにしている。
続いてバンビも返球できた時、見事だと「bravo!」と放つ場面は原作にあるが
それに対してバンビは「Gracias(グラシアス)」と返す。
確実にカリニョーサは呼応し、そこに生きていた。
フリオ・ロマンは太陽のような人間だと思っている。
ただ他者よりも人の感情を受け取れる余り、高校生の彼は悲しむことも苦しむこともあったはず。
だからこそ人の痛みを分かり、相手が強くなれば心からの笑みを持って賞賛する。試合を見るその微笑みに刻まれているのだと、役者のベンチワークでも感じられた。
絶対零度の世界でひとり佇むロミフェルに寄り添う様は、感情認識力に長けたスペイン代表本来のキャプテンの姿を表したようなシーンだ。
幼少期の回想シーン、「バンビは現れなかった」の台詞の言い方に時より幼さが混じることがあった。
顔を見ればわかる、だけど顔を見るまではわからない。
平気そうな言葉の裏側で幼い心は傷を負ったかもしれない。
その寂しさを表現した声色だったのかもしれない。
メンタルアサシンは感情認識力で鋭敏なフリオには悪い方に相性抜群。
深く突き刺さっててダメージを喰らっている。
フリオは瞳孔が開いた状態で肩で呼吸するように息を吐く。
追い詰められたフリオ越しに見える、種ヶ島の表情。越知のメンタルアサシンを把握しているから、フリオのことを見ているのだ、憐憫の目で。
この時フリオ側から見ると、日本ベンチの表情が崖に追い詰める敵陣に見えてしまうんじゃないかと思う程恐ろしく見える。
抗うフリオの死闘。
南次郎との特訓ではどれだけ項垂れて力が入らなくても、ラケットからは手を離さない。
下手から当たるライトを背に、南次郎に向ける眼差しは、まさに主人公かと見紛う瞳であった。
最後の毛利と越知の回想シーンで、フリオとバンビが照明の当たらない舞台奥にいて背を向けるところ、暗闇の中でフリオが俯いたり、上半身を半分折ったり。
ここはフリオと役者のメンタルとフィジカルがシンクロしている場面であると感じる。最後の力を振り絞って、コートを走ってラストシーンへと向かう。
フリオのフィジカルでは届かなかったボールが、バンビの身体能力と融合したからこそ届いた。
ダブルスの頂点の五体融合(ハーモニー)に辿り着いた、しかしテニスのルール上で負けてしまった。
俯いてスペインベンチに見せない数秒間の表情は、フリオが幼い頃に願った五体融合がここで叶ったこと、最後の一球に追いついたこと、ただその先に待つ勝敗に悔しさが上塗りされ、蹲って地面に額を擦り付ける。
やっとの思いで立ち上がって審判への申告の時、バンビはフリオの肩に手を置くことで身体でも精神でも支柱となったのかもしれない。
ダブルス同士の握手で概ね4人とも涙を浮かべていた。
役者がキャラを演じることは、そのキャラの感情を誰よりも分かってあげることだと思う。
だからフリオの感情も昇華され、役者が代わりに涙で流したのだ。
フリオ・ロマンの試合が目の前で繰り広げられるのはきっと、これっきり。
繰り返されたダブルス決勝戦は終わって、やっと永遠になった。
golden age 446で止まったフリオ・ロマンはまたページの中に戻ってしまった。
次に目の前で会える時はまた物語が進みページが捲られる。
フリオ・ロマンの願いはまだ叶っていない。
描かれていない彼の感情を認識してくれた役者に止まない拍手を送る。
願いを叶えるその時まで。
リョーガリョーマ戦で斜めに設置されているスペインベンチを正面から見れるという角度(つまり鋭角)から見てたら、COOLドライブを避けるためにバンビがフリオの肩に手を置いて一緒にしゃがむところ、しゃがませてくれた(?)後にフリオがバンビの方を見て微笑んでいたのが見れて良かった。
どちらが正解ではなく、見方と見え方の問題です。
当たり前ですが、私たちは表現者ではありません。この場合、表現者として出力できるのは板の上に立つ古谷さんです。
板の上でこそ雄弁であれ。
これを願うのみ。
あなたも含め、誰かが心を痛めてしまうのは悲しいことです。
でも応援したいなら静かに見守りましょう。
「好き」で応援している人の声が、静かにでも確実に残っていくのが一番いい形だと思います。
また否定的見える意見も否定ではなく、もっとこうだったら、という思いからくるもので、あって然るべき感情だと思います。ましてやファイナルなら尚更。みな同じく最後を悲しみ、焦燥するのです。
古谷さんがよく話す「あたたかいものが届けばいい」という言葉を信じましょう。
バンビやスペイン代表メンバー、そしてフリオ・ロマンに惜しみなく愛情を注ぎ、芝居をこよなく愛する、テニスの王子様がずっと憧れだった彼が、行き着く先を最後まで見届ける。
迷わずに、あなたが好きな王子様はもうずっと板の上にいます。
#peing
#ゴジラマイナスゼロ
新宿御苑からバルト9直行。3年ぶり今回もゴジラ初日厨。予告見ずに行ったけど序盤で、私はこの戦いの結末を知っています‼️になった。鳴神アマテラス八幡、日本神話の知識あって悪いことない。途中倍速くらいで人の感情流れていって驚く。特撮味増してた。この物語に3度目はない
crap retweeted
ゴジラ-1.0
今日を心待ちにしていたが、唖然とした。こんな絶望の物語があっただろうか、ひと絞りの希望に縋りエンドロール後に声も出ない感覚。昭和に未知の怪獣として恐られたゴジラが令和にまた完璧な恐怖を植え付ける。大戦後のゼロの日本に現れたゴジラという戦争の象徴により負(マイナス)となる
#アクボラボ 共同実験#2「あの日から、ふたりで」
まさやまで『新宿御苑でこたつ』って言ってたなと思いながら来たけど全然分からんイベで最高😊4面LEDの無駄遣いで定期的に雅のデスクトップ見れて最高。古谷さんが好きな大人と破顔(?とりま破)してるの大好きなので健康に🤸雅さんこれからもよろしく!
(T_T)♡
ミュージカル #桜の森の満開の下
打掛を羽織った男の姿を見た時に知らない感情から涙が溢れてきた。美麗とも儚いとも表現が違う、脈絡と背景からのグロテスクな美しさと、これを背負って表現する役者の羨ましさ。刀ミュの次がライブハウスでのこの芝居。ふっきーさんのここへの注ぎ度合いをはるちから聞いていたからこそ。
スモークに乗せる満開の桜の色。首遊びで若くて美しく見える扇子、照明とそれを魅せる役者の仕掛け。岡村さやかさんの声の出し方から感じる聡明さが大好き。
良い芝居に触れていると意識がふわふわと浮遊する瞬間がある、今回はそれ。
坂口安吾が理想の女を描く時にファム・ファタールであり怪物美でグロくなるのが好きなのでぜひ古谷さんにも破滅に導かれる役をやってほしい。
ミュージカル #桜の森の満開の下
打掛を羽織った男の姿を見た時に知らない感情から涙が溢れてきた。美麗とも儚いとも表現が違う、脈絡と背景からのグロテスクな美しさと、これを背負って表現する役者の羨ましさ。刀ミュの次がライブハウスでのこの芝居。ふっきーさんのここへの注ぎ度合いをはるちから聞いていたからこそ。
スモークに乗せる満開の桜の色。首遊びで若くて美しく見える扇子、照明とそれを魅せる役者の仕掛け。岡村さやかさんの声の出し方から感じる聡明さが大好き。
良い芝居に触れていると意識がふわふわと浮遊する瞬間がある、今回はそれ。
坂口安吾が理想の女を描く時にファム・ファタールであり怪物美でグロくなるのが好きなのでぜひ古谷さんにも破滅に導かれる役をやってほしい。
『覚えているかい〜テニスという人生』の曲フリオが「勝利の喜び」でツキさん大曲が「爆笑したり〜」で歌割りの理由を謎だったけどスペインはキャスト同世代でパートが分かれてるんだね。たけるSion 2001-02、アレクラン2003-04、ローズいざふるやま1993-92-91、Toki2000。やっぱキャスト宛の曲だなあ


















