
ALT 画像内本文: 「……キス、しないの?」 すぐ目の前にある顔を見上げて尋ねると、雷蔵は不思議そうに瞬きをした。ソファに並んで座っていたはずなのに、いつの間にか肩が触れ合い、膝がぶつかるほど近くなっている。さっきまで普通に話していたのに、ふと目が合って、どちらからともなく黙ってしまった。そうなれば、次に何が起こるかなんて分かりきっている。 顔を少し傾ければ、唇が触れそうな距離。 少なくとも、私はそう思っていた。 「……したいの?」 「え、……したいけど」 「へぇ」 それだけ言って、雷蔵は笑った。その笑顔を見ていると、さっきまでの期待が行き場をなくしてしまう。目が合ったとき、少しだけ期待したのは私だけだったのだろうか。そう思うと、なんだか悔しくなってくる。 「雷蔵は、したくないの?」 「そんなこと言ってないけど」 「え、じゃあしてよ」 「なんで?」 思いがけない問いに、私はすぐには答えられなかった。なんで、と聞かれるとは思わなかった。私はてっきりこのままキスをするのだと思っていたから、改めて理由を聞かれるなんて考えてもいなかった。

ALT 画像内本文: 「……キスしたいから?」 「うん。それはさっき聞いた」 「じゃあ、してよ」 「どうして?」 「どうして、って……だから!好きだからに決まってるでしょ!」 そう答えると、雷蔵は白々しく「ああ」と頷いて、くすりと笑った。 「そんなにしたいなら、すればいいじゃん?」 「……え?」 「キス」 あまりにも平然と言われて返す言葉に詰まる。 確かに、私からキスをすることもできるけれど、今言っているのはそういうことじゃない。雷蔵からしてほしい。それくらい分かっているくせに、本当に意地が悪い。 「……してほしいの」 雷蔵はすぐには答えなかった。私の目を見たまま、ほんの少しだけ首を傾ける。 「どこに?」 「それは……」 言いかけて、口を閉じた。 わざわざ言わなくたって分かるはずの言葉をいざ口にしようとすると、途端に恥ずかしくなる。

ALT 画像内本文: 答えに詰まっていると、雷蔵は小さく笑ったまま、私の顔に手を添えた。近づいてきた唇が、私の口の端にかすかに触れる。 ほんの一瞬。 唇を重ねたとは言えないくらいの口づけだった。 あまりにあっけなく離れていった唇を、思わず目で追ってしまう。これだけ?そう言いたげに雷蔵を見上げると、相変わらず楽しそうに笑っていた。 文句を言おうと口を開きかけたところで、 今度はしっかりと唇が重なった。 さっきとは違い、すぐには離れていかない。触れた唇を確かめるように、ゆっくりと重ねられる。 やがて名残惜しむように離れていった雷蔵の顔には、まだ小さな笑みが浮かんでいた。 「……満足?」 「……雷蔵のばか」 「なんでだよ」 悪びれる様子もなく笑う雷蔵を見て、これ以上何を言っても敵わない気がした。結局はいつも通り、雷蔵の思いどおりになっている気がして少し悔しい。それでもどうしたって嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。それに気づかれないよう、私はそっと雷蔵の肩に額を預けた。

ALT 画像内本文: 「最近、なんか避けてない?」 仕事終わりの飲み屋で、何気なく投げられた言葉に、グラスを持つ手が止まる。 「……避けてないけど」 すぐに否定した私に、雷蔵はそれ以上追及することはなかったが、こちらを見る目が妙に静かだった。 ……確かに、少しだけ距離を取っていた。 理由は単純で、雷蔵と一緒にいる時間が増えすぎていた。仕事が終われば自然と飲みに行くし、休日が重なれば、どちらかの家で時間を潰す。付き合っているわけでもないのに、その距離感が心地よいと思ってしまう自分が、少し怖くなったのだ。だから、最近はなるべく誘いに乗らないようにしていた。 「……まあいいけど」 雷蔵はそう言って、何か言いたげな目で見ていたけれど、私は気づかないふりをしてグラスを空にした。雷蔵もそれ以上は何も言わず、自分のグラスを空にした。 それからしばらく、私たちは連絡を取らなかった。本部で顔を合わせても「おつかれ」と言葉を交わすだけの日が続いた。これでよかったのだと、自分に言い聞かせるようになっていた。 そう思っていた矢先に、雷蔵からメールが届いた。 『今日、暇?』 たったそれだけのメッセージなのに、さっきまで自分に言い聞かせていたことが、あっけなく揺らいだ。

ALT 画像内本文: そして考えるよりも先に、『暇だよ』と返していた。 送ってから、今さら何をしているんだろうとため息をつく。距離を置こうと思っていたはずなのに、連絡が嬉しくて、その気持ちをごまかすように画面を見つめた。 『じゃあ、いつものとこで』 そんな短いやり取りを終えて、私はスマホを伏せた。 「久しぶり」 「一週間前に会ったじゃん」 「うるさいな……一週間は長いでしょ」 たった一週間。されど一週間。会ってしまえば次から次へと言葉が出てきて、会話が途切れそうになってもまたどちらかが何かを話し出す。雷蔵にとっては、何の変哲もない一週間だったかもしれない。それでも、向かいで話を聞く雷蔵の表情は、少しだけ楽しそうに見えた。 そうしているうちに、テーブルの上の皿はすっかり空になっていた。 食事を終えて店を出ると、雷蔵が何気なく尋ねる。 「このあとは?」 雷蔵の言葉に足を止めた。 いつもならこのままどちらかの家へ行っていたはずなのに、今日は迷った。このまま行ってしまっていいんだろうか。ここでまた前と同じように過ごしてしまったら、何のために距離を置いていたのか分からなくなる。 今ならまだ、帰れる。まだ、引き返せる。そう思って、

ALT 画像内本文:「……帰ろうかな」 と答えた。 すると雷蔵は「じゃあ送る」とだけ言って、先に歩き出した。 その反応が、なぜか妙に気に障った。 「……雷蔵は、」 「ん?」 「いや……何でもない」 言葉を口にしてから、自分でも何を聞きたかったのか分からなくなって、口を噤んだ。 これといった会話もないまま、雷蔵は特に気にした様子もなく、静かな夜道をただ隣で歩き、やがて、分かれ道に差しかかった。 「……じゃあ、また」 そう言って、歩き出そうとしたところで、背中から声がした。 「ほんとに帰んの?」 その声に振り返ると、雷蔵がじっとこちらを見ていた。それはただ答えを待つような目だった。何も言っていないのに、心の内まで見透かされているような気がして、思わず目を逸らしたくなる。 「……帰る」 「そう」 それだけ言って、私は踵を返した。 なのに、足はなかなか前に進まない。

ALT 画像内本文: ようやく歩き出しても、数歩進んだところで立ち止まる。ふと振り返ると、雷蔵はまだそこにいた。 「…何」 「いや、何ってことはないんだけど……」 「早く帰んなよ。俺も帰りたいんだけど。それとも何。帰りたくなくなった?」 そう言った雷蔵の口元がわずかに緩むのを見て、なんだか悔しくなった。 けど、ここで「帰る」と言ったら、本当にこのまま終わる気がして、ただ首を縦に振るしかなかった。 「だったら最初からそう言ってくださーい」 「うるさいなぁ!乙女心は複雑なの!」 雷蔵は笑いながら、何も言わずに歩き出した。 たぶん私は、最初からずっとこの人に振り回されていたのだと思う。追いかけてくるわけでも、引き止めるわけでもない。ただ、私がどうするのかを待っているだけなのに、気づけば私は、この人の望むほうへ自分から歩いていた。 「雷蔵、おんぶして!」 「絶対に無理」 そう言って振り返った雷蔵は、あまりにも嫌そうな顔をしていた。 その顔に思わず笑いがこぼれて、私はその背中を追いかけた。

ALT 画像内本文: 「……キス、しないの?」 すぐ目の前にある顔を見上げて尋ねると、雷蔵は不思議そうに瞬きをした。ソファに並んで座っていたはずなのに、いつの間にか肩が触れ合い、膝がぶつかるほど近くなっている。さっきまで普通に話していたのに、ふと目が合って、どちらからともなく黙ってしまった。そうなれば、次に何が起こるかなんて分かりきっている。 顔を少し傾ければ、唇が触れそうな距離。 少なくとも、私はそう思っていた。 「……したいの?」 「え、……したいけど」 「へぇ」 それだけ言って、雷蔵は笑った。その笑顔を見ていると、さっきまでの期待が行き場をなくしてしまう。目が合ったとき、少しだけ期待したのは私だけだったのだろうか。そう思うと、なんだか悔しくなってくる。 「雷蔵は、したくないの?」 「そんなこと言ってないけど」 「え、じゃあしてよ」 「なんで?」 思いがけない問いに、私はすぐには答えられなかった。なんで、と聞かれるとは思わなかった。私はてっきりこのままキスをするのだと思っていたから、改めて理由を聞かれるなんて考えてもいなかった。

ALT 画像内本文: 「……キスしたいから?」 「うん。それはさっき聞いた」 「じゃあ、してよ」 「どうして?」 「どうして、って……だから!好きだからに決まってるでしょ!」 そう答えると、雷蔵は白々しく「ああ」と頷いて、くすりと笑った。 「そんなにしたいなら、すればいいじゃん?」 「……え?」 「キス」 あまりにも平然と言われて返す言葉に詰まる。 確かに、私からキスをすることもできるけれど、今言っているのはそういうことじゃない。雷蔵からしてほしい。それくらい分かっているくせに、本当に意地が悪い。 「……してほしいの」 雷蔵はすぐには答えなかった。私の目を見たまま、ほんの少しだけ首を傾ける。 「どこに?」 「それは……」 言いかけて、口を閉じた。 わざわざ言わなくたって分かるはずの言葉をいざ口にしようとすると、途端に恥ずかしくなる。

ALT 画像内本文: 答えに詰まっていると、雷蔵は小さく笑ったまま、私の顔に手を添えた。近づいてきた唇が、私の口の端にかすかに触れる。 ほんの一瞬。 唇を重ねたとは言えないくらいの口づけだった。 あまりにあっけなく離れていった唇を、思わず目で追ってしまう。これだけ?そう言いたげに雷蔵を見上げると、相変わらず楽しそうに笑っていた。 文句を言おうと口を開きかけたところで、 今度はしっかりと唇が重なった。 さっきとは違い、すぐには離れていかない。触れた唇を確かめるように、ゆっくりと重ねられる。 やがて名残惜しむように離れていった雷蔵の顔には、まだ小さな笑みが浮かんでいた。 「……満足?」 「……雷蔵のばか」 「なんでだよ」 悪びれる様子もなく笑う雷蔵を見て、これ以上何を言っても敵わない気がした。結局はいつも通り、雷蔵の思いどおりになっている気がして少し悔しい。それでもどうしたって嬉しくて、自然と頬が緩んでしまう。それに気づかれないよう、私はそっと雷蔵の肩に額を預けた。

















