ユーク@ILOVE郡山 retweeted
「一般公募の審査員がゲームを審査している」という点だけを取り上げて、CEROの判定を批判するのは、少し違うのではないかと思います。
本当に考えるべきなのは、審査員が一般人かどうかだけではなく、その審査によってゲームの表現がどこまで制限されるのか、そして、その判断基準が本当に合理的で透明性のあるものなのかという点ではないでしょうか。
CEROは行政機関ではなく、基本的には民間による自主的なレーティング制度です。そのため、CEROの判定をそのまま「国家による表現規制」と同じものとして扱うのは適切ではありません。
しかし、だからといって、表現の自由との関係を考えなくてよいわけでもないと思います。
ゲームメーカーにとって、レーティングは単なる数字ではありません。
対象年齢が上がれば、販売する店舗や流通、広告、購入できるユーザー層などに影響する可能性があります。
そうなればメーカー側も、
「この表現を残したらレーティングが上がるかもしれない」
「この描写を削れば、より幅広い年齢層に販売できる」
と考えることになります。
つまり、法律によって直接「この表現は禁止」と命じられていなくても、レーティング制度によってメーカーが自主的に表現を削除・変更するようになれば、結果として表現に対する萎縮効果が生じる可能性があります。
ここは表現の自由を考えるうえで、無視できない部分だと思います。
特にゲームの場合、単純に「暴力的な描写がある」「性的な描写がある」というだけでは、その表現の意味を判断できないことがあります。
例えば、戦争を題材にしたゲームで悲惨な戦場を描くことと、単純に残虐さを楽しませることを目的として暴力を描くことでは、同じ「暴力表現」でも作品の意味は大きく違います。
歴史や社会問題を扱った作品で、あえて不快な描写やショッキングな表現を入れることで、プレイヤーに戦争や差別、人間の残酷さについて考えさせる作品もあります。
そのような表現まで、単純に「暴力的だから」「不快だから」という理由だけで扱ってしまえば、ゲームという表現媒体そのものの可能性を狭めてしまうおそれがあります。
もちろん、青少年保護などの観点から、一定の基準を設けること自体には理解できます。
問題は、「規制するか、しないか」の二択ではないと思います。
重要なのは、
・なぜ、その表現が問題になるのか
・どの程度の表現なら許容されるのか
・作品全体の文脈はどこまで考慮されるのか
・同じような表現でも作品によって判断が変わることはないのか
・メーカーが事前に判断できるほど基準が明確なのか
・審査結果について、ユーザーやメーカーが納得できるだけの説明があるのか
といった部分ではないでしょうか。
そして、審査員が一般公募であること自体が問題なのではなく、一般の審査員であっても、明確な基準と十分な研修に基づいて審査し、審査員によって極端に判断が変わらない仕組みになっているのかが重要だと思います。
さらに、その基準自体が、現在のゲーム表現や社会の変化に適合しているのかについても、定期的に検証されるべきでしょう。
「民間団体だから問題ない」
「表現の自由だから何でも許される」
「青少年保護だから厳しく規制して当然」
このどれか一つだけで結論を出すのではなく、表現の自由と青少年保護をどこでバランスさせるのかを議論することが大切だと思います。
ゲームも映画や漫画、小説などと同じく、一つの表現文化です。
だからこそ、ゲームの表現を審査する制度についても、メーカーやユーザーが「なぜこの表現が問題と判断されたのか」を理解できる、明確で透明性の高い仕組みであってほしいと思います。
CEROを批判するにしても、「一般人が審査しているからダメ」という単純な話ではなく、その制度がゲームという表現文化に対して、どのような影響を与えているのかというところまで考える必要があるのではないでしょうか。
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