
▲YAMAP ← Works Applications ← 一橋大学 / 福岡・糸島 / プロダクトマーケティング / ブランディング / PR / 映像と写真 / 一番好きな山は鷲羽岳 / 1988年生まれ / 二児の父 / バスケ / アニメ / カングー / シンケンスタイル #子育てサバイバル
福岡 糸島市
Joined May 2010
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ハルヒ、最初から見ようと思った。
「日常が肯定されたから」だと思います。
以下めちゃキモ考察
ハルヒはキョンの発言がきっかけでSOS団を作った。
不思議をただ待つだけ(不満を垂れ流す)の自分から、不思議を探しに行く(現状を変える)自分へ。
変わったきっかけがキョンであり、理想(不思議)から現実(日常)の架け橋となった存在がキョン。
ハルヒはキョンに恋をしていた。
しかし、不思議なことを探すという名目でSOS団での(キョンとの)日常に拘泥するのは、自分の最も嫌う「退屈な日常を受け入れ、恋やなんやに一喜一憂する、普通の学生生活」でもある、という矛盾を抱えている。
「恋なんてものは精神病の一種よ!」と苛烈に否定するハルヒは、つまり誰よりも、キョンに惹かれている「普通な」自分を否定しているのである。
それこそがハルヒの憂鬱の正体である。
世界の不思議を見つけ出すというある種の強迫観念ともいえる強い願いと、SOS団の活動という名の「キョンと不思議を探す」日常。
SOS団の活動が楽しければ楽しいほど、自分がただの普通な、恋する女子高生でしかないことを自覚させられてしまう。
入学当初は男からの目を気にせず着替えてたハルヒが、終盤では着替えるから出てけとキョンを追い出す。
「普通の女の子」になっている。
ベジータが地球で暮らすうち地球が好きになってきてしまったことに危機感を覚えるようなもので、恋愛を楽しむ自分と、恋愛する普通な自分を受け入れることへの拒否反応があった。
キョンへの想いと、世界への鬱屈。
それが極に達したとき、ハルヒは世界を作り変えようとする。
キョン以外すべてを破壊して世界を作り直そうとしたわけだが、なぜキョンだけがあの新世界に招かれたのか。
それは、単にキョンが好きだから、ではないと思う。
いわばキョンは日常の象徴──恋愛という精神病に冒された普通な自分の投影である。
本当に新世界を心の底から望むならば、キョンは最も唾棄すべき存在のはずであり、新世界に連れてくるはずがない。
つまり、ハルヒも揺れている。
日常を否定したい(新世界が欲しい)自分と、日常を受け入れたい(恋愛をしていたい)自分の葛藤が、「新世界にキョンだけを受け入れた」という事実に表れているのだ。
そのキョン側からの「こんな世界はやめよう」という拒絶とキス。
新世界の否定と、日常の肯定。
価値観の破壊が起こった彼女の新世界は崩壊したのだ。
新世界創造のことは彼女の中で夢として処理される。
キョンと同じように「なんつー夢見ちまったんだー!!フロイト先生も爆笑だぜ!!」と悶絶したに違いない。
けれどその夢の出来事は、現実へ戻ってきた彼女を少しだけ変える。
夢の中でキョンに言われたポニーテールを短い髪で作る。これは、「好きな人に言われて髪型を変える」というめちゃくちゃ普通なことであり、今までのハルヒならやらないはずである。
でも、ちょっとやってみてもいいかな、と思った。
この後また髪型を戻すのは「これは違うな」と思ったのかもしれない。私らしくないとか恥ずかしいとか前の髪型のほうが気に入ってるとか色んな理由があるかもしれない。
だけどこれは、変化を恐れずに現実に向き合う気持ちの表れだ。
ハルヒもまた、日常を少しだけ肯定できるようになったのである。
キョンと同じように。
デザインに限らず、この問いに関しては「映像研には手を出すな!」の水崎ツバメが一定のアンサーを出してくれてると思ってる。
youtu.be/xcElFRSjZqU?t=23&si…
コテンラジオが本当に好きなんだけれど、その原体験は自分にとっては河合塾の世界史講師、青木先生であることに間違いない。青木先生の世界史は板書が動画のようだった。世界史を習っているのに人間ドラマを聞いているようだった。
これはいい。
サッカーチームのボルシア・ドルトムントが試合中にスマホを使わないファンに特典を与える機能「fan mode」をローンチした。
ドルトムントのアプリ上でどれだけ試合中にスマホがアンロック状態なのかを把握して、スマホをロック状態のままにすればするほどポイントをもらえて、そのポイントでグッズなどを購入できる。
sports.yahoo.com/articles/bo…
たまたま見ていた生放送での思いがけない一幕。通りすがりに出くわした路上ライブがめちゃくちゃよかったこと。子どもがふと見せた最高に可愛い仕草。学生時代、仲間内で生まれた名言。
自分だけ、あるいはごく狭いコミュニティにだけ通じる伝説みたいな瞬間がある。
あとで誰かに話そうとしても、SNSに書こうとしても、どうしてもうまく伝えられない。
自分はそういう瞬間がたまらなく好きだ。
西役が大森さんで良かった!と思える文章でした。
極めて私的な文章|大森こころ note.com/omori_cocoro/n/n6d6…
















