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2歳児連れのマタニティフォト、想像の3倍カオスだった。先日スタジオで撮ってきたんだけど、前回と違って今回は娘も一緒。始まった瞬間から、あっち行く。こっち触る。今それ触る?ってものに触る。こっちは「これ撮影成立する?」って感じ。でも撮影クルーの人たちがすごくって→
つっきー retweeted
2歳児連れのマタニティフォト、想像の3倍カオスだった。先日スタジオで撮ってきたんだけど、前回と違って今回は娘も一緒。始まった瞬間から、あっち行く。こっち触る。今それ触る?ってものに触る。こっちは「これ撮影成立する?」って感じ。でも撮影クルーの人たちがすごくって→
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→娘に「ダメ」「触らないで」って止めるんじゃなくて、「こっち見てみよっか」「これ気になる?」「じゃあ次こっち行こう」みたいな感じで、とにかくうまく気分を乗せてくれる。結果、娘は最後までほぼ機嫌を崩さず撮影終了。しかも僕たち夫婦も、ずっと娘を追いかけたりご機嫌取りしたりする必要がなかった。→
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→正直、前回みたいに「家で軽く撮ればいいか」とも思ってたけど、今回はスタジオにして大正解。写真が綺麗なのももちろんだけど、2歳児の扱いまで全部込みで任せられるのが強い。子連れ撮影って、写真を撮ってもらう場所だと思ってたけど違った。親が一回、育児の現場監督を降りられる場所だった話
→娘に「ダメ」「触らないで」って止めるんじゃなくて、「こっち見てみよっか」「これ気になる?」「じゃあ次こっち行こう」みたいな感じで、とにかくうまく気分を乗せてくれる。結果、娘は最後までほぼ機嫌を崩さず撮影終了。しかも僕たち夫婦も、ずっと娘を追いかけたりご機嫌取りしたりする必要がなかった。→
2歳娘が自分で靴下を履こうとしていたので、口を出さずに見守ることにした。5分ほど格闘した末、ようやく履けた娘に「すごい!自分でできたね!」と声をかけた。娘は誇らしげに立ち上がり、そのまま靴下を脱いだ。どうやら本番はこれかららしい。
先日、家族でちょっと遠くの公園に行った。園内は家族連れでいっぱい。
その公園には動物と触れ合える小さなコーナーがあって、娘とモルモットを見ていたら、近くにいた子が目をキラッキラさせながら、
子「わぁ!ふわふわ!オレンジ色!」
って嬉しそうに撫でてた。
すると横にいたお父さんらしき人が、
父「え?ごわごわしてるやん。しかもオレンジじゃなくて茶色やし。バカやん(笑)」
って。
一瞬、耳を疑った。
そのあとウサギのコーナーへ行った時も、その子が優しく撫でながら、
子「ウサギさん、耳大きくてかわいい!」
って言ったら、
父「ウサギなんやし当たり前やろ(笑)いちいち言わんでも分かるわ」
また笑いながら返してた。
なんだろう。→
→「オレンジじゃなくて茶色」とか、
「ウサギの耳が大きいのは当たり前」とか、
そんな“正解”って今いる?
その子は動物図鑑のテストを受けてるんじゃない。
「ふわふわだ!」
「こんな色なんだ!」
「耳おっきい!」
って、初めて触れたものに自分なりの言葉をつけて楽しんでるだけなんだよね。
しかも一番しんどかったのが、その子がだんだん喋らなくなったこと。
さっきまであんなに楽しそうだったのに、明らかにシュンとして静かになった。
そこで父親が、
「何なん?せっかく来たのに楽しくないんか?」
って。
いや……。
さっきまでめちゃくちゃ楽しそうだったよ。
「ふわふわ!」
「オレンジ!」
「耳大きい!」
って、その子なりに見つけたものを一生懸命伝えてた。
それを一個ずつ笑って訂正されて、喋らなくなっただけに見えた。
子どもの「見て!」「聞いて!」って、必ずしも正しい答えを教えてほしくて言ってるわけじゃない。→
→「僕はこう感じたよ」
「私はこれを見つけたよ」
を一緒に面白がってほしい時もある。
別に「オレンジじゃなくて茶色だよ」と教えることが悪いんじゃない。
「ほんとだ、オレンジっぽく見えるね。これは茶色っていう色に近いかな」
でいい。
「耳大きいね!」には、
「ほんとだね。近くで見るともっと大きく見えるね」
でいい。
正しさを教えることと、子どもの感動を笑うことは全然違う。
あの日、楽しんでなかったのはあの子じゃない。
楽しそうに話すたびに、その楽しさを少しずつ削られていっただけだった。
「せっかく来たのに楽しくないんか?」じゃなくて、たぶん大人が気をつけるべきなのは、
“この子が楽しそうに話せる空気を、自分が壊してないか”
なんだと思う。
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ソファで横になっていたら、2歳娘が「パパ、だいじょうぶ?」と心配してくれた。「ちょっと疲れちゃった」と答えると、毛布を持ってきて僕にかけてくれた。なんて優しい子なんだ…と感動していたら「じゃあ、ここすわるね」と僕の上に座った。休息終了。
ソファで横になっていたら、2歳娘が「パパ、だいじょうぶ?」と心配してくれた。「ちょっと疲れちゃった」と答えると、毛布を持ってきて僕にかけてくれた。なんて優しい子なんだ…と感動していたら「じゃあ、ここすわるね」と僕の上に座った。休息終了。
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→昔は母が僕を外に連れ出して、ご飯を作って、世話してくれてた。今は僕の娘が母を外に連れ出して、歩かせて、笑わせて、予定を作ってる。
立場が一周してるの、なんか面白い
孫って祖父母に世話してもらってるようで、実は祖父母のことも結構元気にしてるんだと思う
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保育士の妻が、子どもが何かできた時に意識していることがある。それは「すごい!」だけで終わらせないこと。たとえば工作が完成した時も、「すごいね!」だけじゃなくて、「最後まで作れたね」「ここ何回もやり直してたね」「この色、自分で選んだんだね」みたいに、できた結果より“そこまでの過程”を言葉にするらしい。→
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→妻いわく、「すごい」はもちろん嬉しい言葉。でもそれだけだと、子どもは“できた自分”だけを評価されたように感じやすい。だから、結果だけじゃなく「頑張ってたところをちゃんと見てたよ」と伝える。これがあると、うまくいかなかった時も「またやってみよう」に繋がる。→
保育士の妻が、子どもが何かできた時に意識していることがある。それは「すごい!」だけで終わらせないこと。たとえば工作が完成した時も、「すごいね!」だけじゃなくて、「最後まで作れたね」「ここ何回もやり直してたね」「この色、自分で選んだんだね」みたいに、できた結果より“そこまでの過程”を言葉にするらしい。→
→妻いわく、「すごい」はもちろん嬉しい言葉。でもそれだけだと、子どもは“できた自分”だけを評価されたように感じやすい。だから、結果だけじゃなく「頑張ってたところをちゃんと見てたよ」と伝える。これがあると、うまくいかなかった時も「またやってみよう」に繋がる。→
うちの母、孫ができてから明らかに若返った。
いや、別に急にシワが消えたとかそういう話じゃないんだけど
前よりよく動くし、
よく喋るし、
よく笑う。
何より生活がいい意味で忙しくなった
孫の世話って「大変そう」ってイメージあるけど、実際かなり頭と体使う
散歩に行けば、車来てないか、急に飛び出さないか、転ばないかでずっと警戒
ご飯作れば「これ食べるかな」「今日は何にしよう」
家にいれば「ばあば、こっち!」「これやって!」「公園いこ!」
もはや孫、無料のパーソナルトレーナー兼脳トレ講師。しかも予約してないのに突然始まる→
→孫が来る日は「果物買っとこう」「お昼どうしよう」「今日はどこ行こう」と予定まで増えるし、そりゃ刺激になるよなと思う
実際、研究でも孫の世話をしている祖父母のほうが、していない人より認知機能が高い傾向にあった、みたいな報告があるらしい
もちろん「孫ができたら若返ります」みたいな正式な現象名があるわけじゃない
でも、人と話す。考える。歩く。料理する。予定を立てる。必要とされる。
これだけ毎回やってたら、そりゃ生活に張りも出る
もちろん毎日フルで孫育ては普通にしんどいと思う
だからたぶん「ちょっと忙しい。でも楽しい」くらいの距離感がちょうどいい→
