
SF(Soulful)作家/ネオ紙芝居師/テンション評論家 [email protected] https://nitter.gq/t.co/8cxSrSE6lC 著書『T.M.I』発売中→ https://nitter.gq/t.co/l03IEmH9Yt
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短編小説を書きました
元バトル漫画家の姉と、異様なまでにモテる妹が、押し入れに突如あらわれたブラックホールで色々する話です
読切小説:穴があったら××したい|山塚リキマル @rikimaru1990 note.com/rikimaru0312/n/n28c…
真実真正日記:オレがしたいことはアンタと友達になりたいだけさ|山塚リキマル @rikimaru1990 note.com/rikimaru0312/n/n858…
山塚リキマル retweeted
現役ホスト3人が春画展を案内する『ワイワイ春画ツアー』に参加したら、最高に元気が出た。
『新宿歌舞伎町春画展WA』をレポート。
展示会場は歌舞伎町の能舞台やホストクラブ。江戸時代に「笑い絵」と呼ばれた鑑賞作法をホストと追体験。
niewmedia.com/specials/2611s…
歌舞伎町で現在開催中の『春画展WA』。
歌川国芳と歌川国貞の傑作群をホストとともに鑑賞し、ホストクラブも体験できるという謎スゴツアーに参加してきました。
おもしろすぎたので、ぜひレポみてくださいっ🦭
niewmedia.com/specials/2611s…
イギーポップが1978年にドイツの音楽番組出たときの映像
もう体幹とか全てがすごすぎる
ファンの中では結構伝説の映像ってかんじらしい
youtu.be/BBNHPJDWuMg?si=-z3L…
『スパイナル・タップ』の41年ぶりの続編が配信開始されたのに全然話題になってない!
『スタンドバイミー』で知られるロブライナー監督の遺作であり、バンド再結成あるあるをアホほど詰め込んだ、
ロックンロールというものを死ぬ程バカにしていると同時に死ぬ程愛している、
ダルくて熱いバンド映画
『スパイナルタップ』は、架空のバンド・スパイナルタップの盛衰の日々をドキュメンタリー調に描いたコメディなんだけど、これほどバンドあるあるの精度が高い作品マジで無い
コレ好きって言ってるバンドマン10人以上知ってる
『スパイナルタップ』はギャグセンスも相当革命的だったんじゃないか当時
80年代コメディの大味な感じじゃなくて、基本ダルくて、空気感とか間感でウケ取ってくスタイルは、後世のあらゆるお笑いにひそかに影響与えてると思う
書きました。『酔拳JAPAN』、『村上春樹のおもしろかった短編』、『スパイナル・タップ2』について話をしています。
真実真正日記:最近の、オレ的サブカル3大ニュース|山塚リキマル @rikimaru1990 note.com/rikimaru0312/n/nbed…
最近、ジャッキーチェンの映画を全くみたことがないという友人に、ジャッキーチェンのベストアクション集見せたら、『この人なにやってんの⁉️』ってめっちゃビックリしてて嬉しかった
youtu.be/Lwiv5bOBGrs?si=RabB…
書きました。
ちば先生は、世の中にはめっちゃいろんな人がいて、みんなそれぞれ事情があって思い思いの時間を生きてるってことに、ものすごく関心がある人なんだと思う
目そらしてないもん
真実真正日記:ちばてつや先生逝去|山塚リキマル @rikimaru1990 note.com/rikimaru0312/n/na07…
山本英夫の新作、めっちゃ面白い
酔拳使いのサラリーマンが悪を討つみたいな感じなのか?
いっさいストーリーわからないまま、ムードと演出だけで読ませるスゴさ。
もはやタランティーノに近い。
ちゃんとカンフー映画っぽいアホさあるのもいい。
カンフー映画は体幹の凄さを笑うコメディでもあるから
ひとを傷つける事で、自分を保っている人がいる。
そーゆー人は、傷つけられる事にはすごく敏感で、傷に敏感にならんと到底生きていけないような事があったのだろう。
そーゆー人にどう、
『俺は敵じゃないし、
絶対にあんたを騙したり叩いたりしない』
って信じてもらうかが、
今の俺のテーマだな。
もうドガーンとまるっとこの素敵イベントの概要が動画でまとまってるんで、取り急ぎご覧ください!!
こんなん絶対最高じゃないか。
「希望のまち音楽祭」ってなんだろう?
「健康で文化的な最低限度の生活」。そんな約束が、この国にはあります。
でも、考えますよね。その「最低限」って一体なんだろう?って。
世の中には「困っている人」だけを集めた、ふつうの暮らしから切り離されたような施設がたくさんあります。
でも、「ああ、自分もここで暮らしたいな」と 心から思える場所はなかなかないです。畳二枚分のスペースがあれば人は生きていけることになっていますが、人間ってそんなに単純じゃないなと思ったりします。
私たちは、ただ「生存」するための箱ではなく、もっと広がりのある、体温のある「まち」そのものを作りたいと考えています。
そこを歩いて誰かと出会い、ふと「ここ、いいところだな」と思えるような「まち」。
障害がある人も、生活に困った人も、旅行者も、地域の人も、雑多にしっちゃかめっちゃかに集まります。パッと見てすごく「めんどくさい」人がいても、「まあ、一緒に生きてていいか」と思える、そんな度量のある「まち」です。
私たちの活動名「抱樸(ほうぼく)」には、「荒木を抱く」という意味があります。ピカピカの扱いやすい木ではなく、不格好でトゲがあっても「ありのまま」を丸ごと抱きしめようとする活動です。
抱樸の歩みのそばには、いつも音楽がありました。炊き出しでのカラオケ大会や、路上でぼそぼそと口ずさむ歌。「音楽で社会を変えよう」なんて大げさなものじゃなく、上手い下手も関係ない。ただ、そこにあったほうがいいからあった音楽。
はじめに書いた「文化的」という言葉が、そういう意味になればいいなと思うのです。
音楽を聴いて理屈抜きに「楽しいな」と思えること。ごはんを食べて惨めさを一ミリも感じないこと。迷ったとき誰かと「どうしようか」と考えあえること。
そうした営みは、私たちが「人間なんだ」という実感を 失わないためにどうしても必要なものなんだと思います。
「希望のまち」は、誰もが「助けて」と言え、言われる場所です。どんな状況でも「一緒に生きていこう」と手を差し出し合えるまち。
困っている人とそうでない人を分けて高い壁を立てるのではなく、いろんな人がごちゃごちゃに混ざり合っている。誰かが歌う隣で、誰かが絵を描いたり、話し合ったり、なんとなく隣に座り、同じものを食べて 「あ、これ、なんだろうね」と一緒に首を傾げてみる。
それは効率とはほど遠い、要領の悪い歩みかもしれません。でも、その小さくて大切な営みの積み重ねこそが、この分断と憎悪、争いの止まない社会で希望を手繰り寄せる方法だと思っています。
希望は少しずつでも、確実に社会を変えていくと信じています。どうか大変な世の中で、「希望のまち」を作るという壮大な計画にご参加していただければ嬉しいです。
書きました。このイベントがいかに寿ぎなのかについても粛々と語りました
日記:きぼうのまち音楽祭で紙芝居をやるのです、しかも2DAYS|山塚リキマル @rikimaru1990 note.com/rikimaru0312/n/n6f7…
爆笑した
個人的には大好きだけど
読者アンケート的には多分全然だった回。
さあ、勇気をだして読んでみましょう。
corocoro.jp/chapter/4883/vie…









