NHK将棋フォーカスは田嶋尉ディレクター。奨励会三段リーグ退会のつらい記憶を語ってくれた。当時の棋譜を並べた山口恵梨子が「強いんですよ」。お前より強いよ、とつい思う。なのに、プロとして棋譜を残せるのは山口である。テニス同様、ルールは同じだけど男が有利、と認めた方がわかりやすいのでは
がっかりする私に妻が「宇治に行かない?」と提案してくれた。平等院である。行ってみると、ちょうど雲中供養菩薩を展示してくれている。いつもは定朝の阿弥陀如来像のまわりを飛んでいるやつだ。何かの修理の都合で、壁からはがして並べてくれていた。間近で見ると美しい。同じポーズをして妻と笑った
洗礼者ヨハネとイエスの違いが今までわからなかった。柄谷行人の説明によると、ヨハネは権力と財力を批判した。イエスは権力と財力を否定した。わかりやすく言えば、相手にしなかった。イエスの問答のよくあるパターンで言うと、論敵からの難問に対し、相手の土俵に乗らない応答をする。そこが違う。
岩波文庫「左川ちか詩集」を三分の一ほど。「風」の「枸橡色」が読めない。検索すると、一つはシトロンを指す「枸櫞(くえん)」の誤記・代用。二つめは「くぬぎいろ」または「つるばみいろ」である。詩歌なら、この可能性が高い。ほかの本で、は「くぬぎ」と読ませているらしい。焦げ茶っぽいようだ。
女流棋士は白玲五期で日本将棋連盟のフリークラスの棋士なれるという制度が昨年にできた。西山朋佳が初めてその適応者になった。読売新聞によると「同連盟は新制度を提案した通常総会で、同クラスを「棋力検証の場」と説明した」。十年間で好成績を残せないと引退するクラスだからだ。まだ検証中なの?
洗濯物たたみ時の音楽はヴィヴァルディのリコーダー協奏曲を。どれも同じ曲に聞こえてしまうので、あまり聴いてこなかった。それに、騒々しいという印象もあった。けど、先日、タイムラインで動画を見かけたら、のどかで良い。で、ダン・ラウリンのCDを注文してみたのである。望み通りの音楽で満足。
柄谷行人「群像」十二月「新約聖書変奏」第二回。イエスは権力と財力を拒否して互酬にもとづく生活を求めた。それがいつしか神の国の実現につながることを信じて。しかし、権力と財力に対して無力である。また、互酬と神の国のつながりは説明できるものではなく、弟子には伝わらない。刑死は必然だった
二〇〇七年に京都相国寺の承天閣美術館で伊藤若冲「動植綵絵」全三十点が展示された。早起きして出かけたが、地下鉄が今出川に着くと、どさっと下車した人群がぞろぞろと一番出口に向う。嫌な予感がして、道に出たら、プラカードを持った男が立っており、「入場まで80分待ちです」。即座に引き返した。
和歌山の平和酒造と言えば紀土である。南海和歌山市駅の駅ビルの平和酒店はそのコンセプトショップで、美術館の帰りに寄った。光あふれた綺麗な店内で、立ち飲みもできる。私はビールに夏みかんのリキュールを加えたカクテルを。ものすごくうまい。妻はこの場でしか飲めない「樽生」の紀土が気に入った
今日は休めた。妻と和歌山県立近代美術館に。マーク・ロスコを所蔵しているのだ。ところが展示は無し。でも、素晴らしい美術館だった。何より、マティス「ジャズ」を久しぶりに見ることができたのは望外。他にも、有名な人がたくさんあり、また、初めて聞く作家にも満足。ロスコのある日にまた行こう。
なぜフェルメールに群がるのか。昔は俗物が愛好するのはルノワールだった。今は恥ずかしい鑑賞民度とされている気がする。かわりに台頭してきたのが、より高尚なるフェルメールなのかもしれない。彼らの群がるのが「ターバンの少女」であることから、ルノワール趣味と本質に変化の無いことが推測できる
フェルメール同様、伊藤若冲も混むようになった。すでに「ボストン美術館所蔵日本絵画名品展」と昭和天皇在位六〇年の「日本美術名宝展」で見ており、すごいなとは思っていたが、作者名は気にしてなかった。一般にもよく知られていなかった。それを一変させたのが二〇〇〇年京都国立博物館「若冲」展だ
エウリピデス「ヘレネ」読了。パリスがさらってトロイアへ連れ去ったヘレネは実は幻にすぎなかった、という。本物はエジプトに移住させられていた。そこへ、トロイア戦争を終えて故国に帰ろうとして果たせず漂流してしまった夫メネラオスがたどり着き、夫婦は再会する。再会場面はよくあるパターンだ。
四十年くらい前に読み捨てた左川ちかが、ここ数年よく名を見かける。よくあるモダニズムだと思うが、岩波文庫を買って久々に読み返し始めた。「総ての影が樹の上から降りて来て私をとりまく。林や窓硝子は女のやうに青ざめる。夜は完全にひろがつた。乗合自動車は焔をのせて公園を横切る」(黒い空気)
春風亭朝枝を検索すると、とりあえず動画が三つ挙がる。昨夜は「のめる」を。これは知らない噺だった。三つ全部見てどれもとても良かった。正統本格派なのに、「うまいでしょ」と見せつけない人だ。珍しい。もうちょっと、ひなた臭いのどかさが欲しい気もしたけど、今の感じのまま伸びてくれても楽しみ
フェルメールもずいぶん見た。八枚くらいか。二〇〇〇年の大阪市立美術館「フェルメールとその時代」には「真珠の耳飾りの少女」など五枚も来た。あの頃はゆっくり見られた。だんだん混み合ってきて、行かなくなった。今年「少女」が来た時はひどかったらしい。時間をかけて見るべき画家の代表だけど。
昨夜も春風亭朝枝を検索して「幇間腹(たいこばら)」を。二流の幇間とやや不機嫌な若旦那の性格が出ていて、味のある噺になっていた。特に、座敷に上がる直前の幇間の悲哀にわざとらしさが無く、同情が湧く。ただ、この設定では「迎え鍼」で笑を取りにくくなったのが残念。 youtu.be/bBldPX3d38A
関西に来て見た西洋絵画で心に残る三つめも神戸市立博物館で二〇〇八年「コロー 光と追憶の変奏曲」展である。前に書いた百科事典で幼稚園の頃から見ていた「真珠の女」が来た。それ以外はあまり期待していなかったのだが、森の緑、銀白色の靄に魅了された。一枚選べば、「モルトフォンテーヌの思い出









