捻りが効いてれば生粋のフランス人、ペドとか原爆とか性器とか言ってる奴はフランス語を使う他所の国の者、って思っている。
ムスリムの皆さんへ。
日本に来たなら、日本の文化とルールに合わせてほしい。ヒジャブを外し、豚肉を食べ、酒を飲む——そんな極端な話をしているのではない。ただ、自分の宗教的都合を日本国民全体に押し付けるな、という話だ。
日本は世俗国家であり、特定の宗教の戒律を公共の場に強制する文化はない。豚肉も酒も、日本では日常の食文化だ。それを「ハラームだから」と周囲に拒否を強いたり、学校・職場・イベントで特別扱いを要求したりするのは、逆に日本人の自由を侵害している。宗教の自由は「自分で守る」ものであって、「他人に守らせる」ものではない。
モスクについても同じだ。日本は土地が狭く、住宅密集地が多い。大規模な宗教施設が突然建てられれば、騒音・交通・景観の問題が必ず起きる。しかも日本では宗教施設の建設に対する地元合意が重視される。勝手に「宗教の権利だ」と押し通すのは、日本社会のルールを無視している。
さらに根本的な話がある。日本では火葬率が99%を超える。これは土地の制約と、長年の仏教・神道の慣習によるものだ。イスラム教の土葬要求は、この現実と真っ向からぶつかる。少数の都合で日本の葬送文化を変えろ、というのは筋が通らない。
不満があるなら、選択肢は明確だ。日本に来たのは自分の意志であり、日本を自分の国の延長線上に変える権利はない。合わないと感じるなら、帰国する自由もある。
最後に一つ。日本は日本人の国だ。これは「排他」ではなく、どの民族国家にもある当たり前の前提だ。自国の文化・言語・慣習を守りたいと思うのは、日本人だけでなく、どの国民にもある感情だ。それを「差別だ」と非難して、日本のアイデンティティ自体を否定するなら、そもそも日本に来る意味がわからない。
文化は相互尊重で成り立つ。一方的に「受け入れろ」と要求するだけでは、共生は成立しない。
結局この一言に尽きるのでは?
過密日程に体力負担も…西山朋佳白玲、棋士と女流棋士の「二刀流」へ新たな挑戦
sankei.com/article/20261026-…
女流棋士としての活動も続けることで、対局数の増加による過密スケジュールが懸念されるが、その新たな挑戦に期待がかかる。
要請して解決するんなら揉めないです。豚肉を食べないのは自由ですが、それを周囲の人に強要するから揉めるんです。あと、悪目立ちするムスリムを非難するムスリムをほとんど見ません。なので、過激な印象になるのは仕方ないと思います。
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別に良いと思うけど、襟の合わせが死人のだし、着崩しが昔の売春婦の着方だというのだけは伝えておいてほしい。
I want everyone around the world to see this.
A certain designer said:
“A fusion of kimono and traditional West African clothing. The kimono industry should look toward the global market.”
I believe this is completely wrong.
Japanese kimono have a unique aesthetic that values harmony with nature and the four seasons. I believe that delicate colors and patterns, as well as understated beauty, reflect the sense of beauty that Japanese people have long cherished.
I hold traditional conservative views, so I do not like the idea of incorporating colors and patterns from other cultures into Japanese kimono at all.
Do you find this kimono beautiful?
猟奇殺人の前段階のヤツかジビエかアッラーフ・アクバル的なヤツか知らんけど、奈良県警頑張って!
「今まで見たことない損傷」 奈良・東大寺境内などに子鹿の死骸4体 観光への影響懸念も
sankei.com/article/20261023-…
「境内に長く身を置いているが、今まで見たことがない損傷。何が原因であっても不自然で、心を痛めている」。奈良県庁で記者会見した東大寺の上司永照執事長は険しい表情を浮かべた。
県知事変えん事にはどうしようも無さそうな気が。
youtu.be/VxCZZiS1cnI?si=oRhh…
残りの99%の人は何故止めないんでしょうか?
Replying to @V7NnRqa0uZbvFqZ
Les pillages ne représentent que 1% des manifestations, manifestations qui sont légitimes.
La colère n'est pas apparue comme ça, c'est 10 ans voir plus d'humiliation de la population par le gouvernement.
Ce qui est énervant, c'est que les gens se concentre sur ces pillages
>芸術は、アートは、それを見る人に感動や勇気を与えてくれるものだと考えています。
誰かを不安・不快な気持ちにしたり、まして傷を抉るような作品は「アート」というよりも「凶器」なのではないかと。
「叫び」とか「ゲルニカ」とか感動や勇気与える作品かなぁ?
「芸術」と呼ぶのなら、「アート」や「文化」を掲げるのなら、まずそこには「それを見る人」や「価値を感じて購入する人」の存在が欠かせません。 自分だけの世界として誰にも見せず作品を作っていくだけではなく、「ギャラリー」に展示するのなら「他者の目」が必ず存在します。
そしてそれを、初めから同じ価値観の人たちだけが集まる閉ざされた場ではなく、老若男女の目にも触れうる環境に置くのならば、「見る人が何を思うか」という視点も必要なのではないでしょうか。
エログロといったジャンルがあることは承知していますが、少なくともその「作品」を見ることで誰かが自分が過去に受けた被害を思い出し心の傷が抉られるようなことがないような配慮をすべきなのではと。
わたくしは祖父母に連れられて通っていた幼い頃から帝国ホテルが大好きで、今も定期的に足を運んでは「やはりこの空間は素晴らしい」と感じています。だからこそ、正直今回の騒動に不快な気持ちを抱いています。
実際は帝国ホテルとは建物も別で、宿泊客が多く目にする場所ではないと知っていますが、それでも「帝国ホテル」と名が付く施設において起きたことということが残念でなりません。
映画などでもR指定があります。こどもたちを守るための仕組みです。
個人の嗜好を尊重するのが多様性であるとか、表現の自由を守るべきとか、そうしたことを全て同時に叶えることはできません。
社会には常に、「何が優先されるべきか」という線引きがそこにはあります。
こどもたちの感性や未来を守ること、心や体に傷を負った人に再び同じ痛みを与えないこと、これらは表現の自由の下においても良いものでしょうか?わたくしはそうは思いません。
芸術は、アートは、それを見る人に感動や勇気を与えてくれるものだと考えています。
誰かを不安・不快な気持ちにしたり、まして傷を抉るような作品は「アート」というよりも「凶器」なのではないかと。
「こんな作品描けちゃう自分は凄い」とか「このエログロの良さがわかる自分は高尚だ、分からないやつは素人」とか、思うことそのものは自由です。(わたくしには一生理解できない感覚ですし、理解したいとも思いませんが)
一方で、それを世に向けて展示するのなら、その場所くらいは選ぶべきなのではないでしょうか。






























